要約
集合$X(\not = \varnothing)$から集合$Y(\not = \varnothing)$への写像とは,$X$と$Y$の二項関係$\sim = (X,Y,G)$で
\[\forall x_0 \in X ~ \exists y_0 \in Y ~ \forall y \in Y [~ (x_0, y) \in G \Longrightarrow y = y_0 ~]\]を満たすものをいう
通常の写像の定義
写像は大学以降の数学で頻繁に用いられ,数学の基礎となる概念である.基礎となる概念ほど厳密に定義する必要がある.写像はふつう次のように定義される1.
$X, Y$を集合とする. 各$X$の元$x$に対して$Y$の元がただ一つ定まるような対応$f$が与えられたとき、その対応$f$を定義域$X$から終域$Y$への写像(map) といい$f:X \longrightarrow Y$と書く。終域$Y$が数の集合やその直積であるとき、$f$は写像ではなく関数ということもある。
ここで言う対応とは何だろうか.対応という言葉を規則として言い換えている記述もよく見られる.また,対応を定義して写像を対応の特別な場合とみなす考え方もある2.
どちらの立場においても規則という概念を使って写像を定義しているが,「規則」はどのようにして定義されるのであろうか.以下では規則という概念を使うことを避け,論理式と集合の記号だけを用いて,写像を定義する方法を示す.
二項関係
二項関係,グラフという概念を使って写像を言い換えてみよう.
二つの集合$X, Y$に対して,それらの直積$X \times Y$の部分集合$G$の三つ組$\sim := (X, Y, G)$を集合$X, Y$の二項関係といい,$x \in X, y \in Y$が \((x, y) \in G\) を満たすとき \(x \sim y\) とかくことにする.このとき,$G$を関係$\sim$上のグラフという.
たとえば \(X = \{1,2,3\}, ~ Y = \{1,2\}\) という2つの集合に対し
\[G = \{(1,1), (1,2), (2,1), (3,1)\}\]という$X \times Y$の部分集合をとる.このとき二項関係$\sim := (X, Y, G)$を定義すると
\[1 \sim 1, ~ 1 \sim 2, ~ 2 \sim 1, ~ 3 \sim 1,\\ 2 \not \sim 2, ~ 3\not \sim 2\]が成り立つ.ただし$x\not \sim y$は$(x, y) \not \in G$を意味する.
以上の二項関係という言葉を使うと,写像は次のように言い換えられる.
$X$の任意の元$x$に対して,二項関係$x \sim y$を満たす$Y$の元$y$がただ一つ決まる.
写像とは二項関係の特別な場合なのである.
ただ一つ存在する
「命題関数$P(x)$が真であるような$x$が存在する」という命題を \(\exists ~ x ~~ P(x)\) と表す.このような$x$がただ一つである場合 \(\exists ! ~ x ~~ P(x)\) と表すこともある.たとえば
\[Q(y) : [1 + y = 0] \land [y \in \mathbb{Z}]\]という命題関数$Q(y)$に対しては \(\exists ! ~ y ~~ Q(y)\) が成り立つ.
$\exists !$という記号で表せたからと言って厳密になったと思ってはいけない.一階述語論理で許されている論理記号は$\lnot, \land, \lor, \to, \forall, \exists$だけだからである.$\exists !$は何かしらの記号と命題の省略と考えなければならない.
では \(\exists ! ~ x ~~ P(x)\) という命題を一階述語論理で表すことを考えよう.そのために \(X = \{x | P(x)\}\) という集合を考える.この集合の個数が1個であれば$P(x)$を満たす$x$がただ一つであるといえる.
ここでたとえば \(Y = \{1, 1, 1, 1 \}\) という集合の元の個数は何個だろうか.このような集合の個数は1であるとする.もしこのような集合$Y$の個数を$4$などとすると
\[\{1\} = \{1, 1\} = \{1, 1, 1, 1 \} = \dotsc\]だから,集合の元の個数という概念が意味をなさなくなってしまうからである.
さて \(Y = \{1, 1, 1, 1 \}\) という集合から一つの元を選び,残りの元と比べてみよう.$Y$は空集合ではないから,$Y$から元$1$を選べる.そして残りの元$1$と比べるとそれらは$1=1$となり等しい.そして,Yからどんな元を選んでも$1=1$が成り立つのである.
以上の具体例から, \(X = \{x | P(x)\}\) に対して「集合$X(\not = \varnothing)$の元がただ一つである」という命題は
\[\exists x_0 [(x_0 \in X) \land (\forall x (P(x) \Longrightarrow x=x_0) )]\]と表せる.しかし,これは一見煩雑なので,ふつうは$(x_0 \in X)$の部分は省略して
\[\exists x_0 \in X ~ \forall x [~ P(x) \Longrightarrow x=x_0 ~]\]とかく.
集合を用いた写像の定義
以上で写像を集合の言葉で定義する準備が整った.
$X$の任意の元$x$に対して,二項関係$x \sim y$を満たす$Y$の元$y$がただ一つ決まる.
というのは空でない集合$X$から$x_0 \in X$を選んだとき集合 \(\{y \in Y | (x_0, y) \in G\}\) の元の個数が1つであることに他ならない.$(3)$の例では$x=1$に対し$1 \sim 1, 1 \sim 2$であったから \(\{y \in Y | (1,y) \in G\} = \{1,2\}\) であった.
したがって,集合$X(\not = \varnothing)$から集合$Y(\not = \varnothing)$への写像とは,$X$と$Y$の二項関係$\sim = (X,Y,G)$で
\[\forall x_0 \in X ~ \exists y_0 \in Y ~ \forall y \in Y [~ (x_0, y) \in G \Longrightarrow y = y_0 ~]\]を満たすものをいう.このとき$x_0 \sim y_0$を$f(x_0) = y_0$とかくのである.
さらなる課題
実は,二つの集合$X, Y$の二項関係を定義したとき,三つ組という概念を用いた. これは集合の言葉どのようにかけるだろうか.このことについては他の記事で議論することにしよう.